八重の桜を訪ねて ♪ ♪ 鶴ヶ城
2013年 01月 06日
大河ドラマ 『 八重の桜 』 とても楽しみにしています。
我が故郷 福島県会津が舞台です。とは言え
私の故郷は 『いわき』なので その気候風土文化気質は全く別のものなのですが・・・・
福島県は この震災で原発事故があり
色々取り上げられるのでご存知の方も多いかと思いますが
太平洋に面した浜通り 福島郡山などに代表される県の中央部の中通り
そして会津地方というように大別されます。
その会津地方の中心が会津若松市です。
その舞台となる会津若松を訪れました。
昨年5月の事です。
その時 すでに 『 八重の桜 』 キャンペーンは始まっていて
2013年度大河ドラマの八重の桜が咲き乱れていました。
真夏のような暑い一日でした。
まずは会津若松市のシンボル鶴ヶ城へ
戊辰戦争では約一か月の激しい攻防戦に耐え、難攻不落の名城として知られましたが
明治政府の命令で取り壊されました。
昭和40年に再建されて現在は白壁の美しい城で まさに鶴のよう。
会津若松駅からは ハイカラさん あかべえバスで 『鶴ヶ城入口』から徒歩5分です。
数多くの戦国大名が治め、幕末戊辰の戦役でも有名なこの城は現在、本丸を「鶴ヶ城博物館」として貴重な資料を展示公開しています。
平成23年には天守閣の屋根が幕末当時の赤瓦によみがえりました。
現在は五層の天守閣で展望台からは飯盛山など山並みが迫り盆地である事が良く分かり
会津の街並も良く見渡せます。
手前の黒っぽい山が飯盛山、白虎隊で有名な山ですね。
白虎隊の事は又 次回に。
本丸内は芝生の庭が広がっていて 手入れが行き届いています。
昨日は 奥に見える白いドームの辺りにいました。
城の周りに広がる公園は石垣や桜の新緑が美しく、市民にも人気の高いスポットのようでした。
春には 満開の桜と鶴ヶ城 さぞ 美しいことでしょう!
城内には 『 茶室麟閣 』 があります。
千利休の子 小庵が利休亡き後 会津領主蒲生氏郷に保護されていた時に本丸内に建てられた茶室です。
この日は 余り時間もなく 城内を散歩したかったので中には入りませんでした。
そして ここには こんなもの も!!
鶴ヶ城がモデルになっているとは知っていましたが
鶴ヶ城内に歌碑があったなんて思いもかけず嬉しかったです。
好きな歌は?と聞かれたら 多分 『荒城の月』 と 答えると思います。
幼い頃から大好きな歌なのです。何故か心惹かれます。
ここで この歌のイメージが出来たのかと思うと その歌碑の前で胸がじーんとしてしまいました。
「荒城の月」は、土井晩翠は仙台の青葉城、または会津若松の鶴ヶ城がモデルだとし、滝廉太郎は子ども時代を過ごした大分県竹田(たけた)の岡城だと言っていたようで、歌碑もこの3ヶ所に建立されているようです。
さて 今回の大河ドラマ
オープニングの映像 音楽はなんだかなあって感じで 余り印象に残らなかった (>_<)
前回の 平清盛 視聴率もかなり低くて余り評判は良くなかったみたいだけれど、
オープニングに関しては比較にならない位良かったなあって思うのは私だけかしら?
その日は遅くなってしまったので 翌日直接横浜へ帰ることにし 私だけもう一泊し会津若松観光をして帰る事にしました。
今回の会津若松 実は
甥のテニスの県大会がここ会津若松で開催されるというので 最初で最後の応援について来たのです。
若い力がみなぎり プライドと意地と母校の誇りをかけての熱い戦い
私は胸を熱くし 目頭を濡らし アドレナリンばんばん 我が子でもないのに 気合いの入りように妹夫婦&姪は若干引き気味だったけれど・・・・・
『感動は免疫力を高める!!!』 まさに これ
若い子の流す涙は 嬉しい涙も 負けて悔しくて流す涙も 清々しく 見ている者に感動を与え
知らず知らずに身体に溜まっていた澱まで浄化してくれるようでした。
東北大会出場は 団体は一校のみなので残念ながらここまで、
肩を痛めていて(コーチがいわきから駆け付けてくださり) マッサージを受けながらだったので ダブルスもシングルスもあと一つ及ばずでしたが、会津若松まで応援に駆けつけただけの甲斐はありました。
福島の高校生のみんな
本当に感動をありがとう!君たちのこの3年間に拍手を送ります。